遠位型ミオパチー(筋肉の難病)


小学校の入学式


小学校の入学式が近づいたころ、わたしは焦っていた。
今でもよく覚えている。
 “自分の名前” が書けなかった・・・からだ。
毎日家で練習している状況がうかんでくる。
ひらがなで書くことが出来なかった。
しかし、母親は笑って見ていたような記憶しかない。
「名前が書けなくてどうするの!!」 なんて
叱られた記憶は全くないからだ。
自分なりに 「なんとかしなくちゃ・・」 と焦っていたのはよく覚えている。
そして入学式の前の夜、おそくまで囲炉裏のそばで、練習していたら
なんと書けたのです。
「ヤッター!」 と思った。
母は囲炉裏の火を絶やさないように、そばにいてくれた。
そして、母のうれしそうな笑顔を今でも忘れない。
翌日わたしは母と一緒に小学校に向かった。
会場となる講堂の入り口に受付場があった。
そこで自分で名前を書くよう指示された。
わたしは鉛筆を持った。
すらすらと名前を書いた。
受付の若い女の先生が「わぁ〜はやいね!」とか
「上手ね」 とか言って褒めてくれたことを覚えている。
この頃、わが家にはテレビもラジオもなかった。
もちろん新聞もない。昼間は近所の仲間と
チャンバラ をはじめ、 山 ・ 川 ・ 池 を舞台に遊びまわっていた。
泥だらけで家に帰って、五右衛門風呂の白い湯気に浸った。
自然の中で 自然のままに
生きていた あのころ

 
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